気合と根性で39年生きてきた私が、パンチャカルマを受けるまで

パンチャカルマ

「頑張らなければ、意味がない」

いつの間にか、私はそんな考え方を当たり前のように持っていました。
多少つらくても、無理をしてでも、動けているうちは大丈夫。
そうやって、体の声を聞かずに生きてきたのだと思います。

けれど、体が重く、心まで疲れていることに気づいたとき、
これまでのやり方そのものを、見直す必要があるのではないかと感じました。

この記事では、
私がパンチャカルマを受けようと思った理由と、
当時の体と心の状態について、正直に書いていこうと思います。同じように、
「無理はできるけれど、楽ではない」
そんな状態にいる方の参考になれば幸いです。

当時の体の状態

当時の私は、生理のたびに偏頭痛が起きていました。
痛みが強く、仕事にならない日も少なくありませんでした。

保育士という仕事柄、
子どもの声や激しい動きに対応することが求められます。
けれど、その刺激に体がついていかず、
職場で頭痛のために目が回り、吐き気もして・・・
上司が車を代行して自宅まで送ってくれたことも一度や二度ではありません。

便秘も慢性化していました。
アーユルヴェーダで、便秘と偏頭痛がつながっていることを知っていたため、
生理前には下剤を飲んで無理に排泄を促していました。

お腹の張りや苦しさの感覚も、
もはやよく分からなくなっていたのだと思います。
不調が、日常の一部になってしまっていました。

また、不眠もありました。
3年前、適応障害になったことをきっかけに睡眠薬を飲み始め、
今でも服薬を続けています。
薬を飲んでいても、夜中の2時か3時に目が覚めてしまう状態が毎日続いていました。

なぜパンチャカルマに惹かれたのか

パンチャカルマを知ったきっかけは、youtubeです。
アーユルベーダ実践家のMOTOKOさんが語る「究極の浄化療法」という言葉が印象的でした。

自分の体に毒素がないはずがない。
体重が軽い割には体が重いことを自覚していました。


パンチャカルマは本来の自分に戻れるという考え方に、強く惹かれました。

私はずっと、
「明るい」「元気」
そんなセルフイメージを持って生きてきました。

けれど、大人になり、上京してから、
どこか体に違和感を抱えるようになっていたのです。
その違和感を、きちんと見つめ直したいと思いました。

正直な不安

パンチャカルマという施術を調べたときは、正直、驚きました。

嘔吐法、下痢法、浣腸、鼻からオイルを入れる施術、
さらにはヒルに血を吸わせる方法もあります。

それでも、不思議と強い不安はありませんでした。
普段から下剤や浣腸で排泄を促すこともあったため、
「きっとできる」と感じていたのだと思います。

嘔吐法だけは、正直やりたくないなと思いましたし、
鼻から入れたオイルを口から出すことがうまくできるか、
そんな不安はありました。

けれど、「怖い」という感情は、ほとんどありませんでした。
むしろ、これは今の自分に必要なことだと、
どこかで感じていたのだと思います。


今振り返って思うこと

パンチャカルマは、
勇気を出して時間とお金を使う価値のある体験だったと感じています。

それは、
自分がこれまでマインドだけで生きてきて、
体をおろそかにしていたことに気がついたからです。

私は、「考えている私」こそが自分のすべてだと思っていました。
けれど、それは違いました。


マインドと、身体と、魂。
その三つが一体となって、ひとりの人間として存在していたという事実。

言葉にするのは難しいのですが、
体と心のバランスが崩れていたことに気づき、
日々の不調は、自分自身が引き起こしていたのだと理解できたのです。

自分が原因なら、自分で改善できる。
そう思えたことは、私にとって大きな一歩でした。


これから書いていくこと

今後は、
パンチャカルマの具体的な流れや、
施術中・施術後に体と心に起きた変化について、
少しずつ記録していこうと思います。

同じように悩んでいる方が、
「自分だけじゃない」と感じられるような、
そんな体験記になれば嬉しいです。

コメント

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