頑張りすぎて輝きが消えていく|保育士がオージャス枯渇に気づいた話

心とエネルギー

職場の駐車場で、同僚と話し込んだ。

夕方の風が少し冷たくて、でも車に乗り込む気になれなくて、
ふたりでしばらく立ち話をしていました。

「仕事はわかる。でも、自分のペースを守るために業務軽減の声を上げていこう」

そういう話でした。

私も同僚も、重いと思った仕事でもひとまず受けてしまうタイプです。
「無理」とか「できない」なんて、プロが言うべきじゃないと思っている。
仕事には高い意識で臨みたい。一歩も引いてはいけない。
この仕事の質を守れるのは自分だけだ。
そういう気持ちで、ギリギリのところで踏みとどまり続ける。

でも体力はじわじわ底をつき、精神力も削られていく。

そしてある日、ガクッと膝をつく。
ボロボロの状態で、無念、と思う。

武士道に「かたじけない」という言葉があります。
ありがたい、申し訳ない、恥ずかしい——そういう感情が混ざり合った言葉。

全力を尽くしたのに力が及ばなかった。
その無念さが、私にはしっくりきます。

その場で体裁よくうけた仕事。
でも実際はアップアップになって通常業務まで食い込んで、パフォーマンスが下がる。
それは本末転倒です。

そんな私たち。
「業務改善を明るう言う練習していこう」という話になりました。

今日はその話を、アーユルヴェーダの「オージャス」という概念と一緒に考えてみます。

オージャスって、なんだろう

アーユルヴェーダに、オージャスという概念があります。

聞き慣れない言葉かもしれませんが、私はこう理解しています。

ふつふつと湧いてくるパワー。生きているという輝き。
根拠のない自信や、じんわりとした幸福感。

そういうものの総称が、オージャスです。

健康な体と心に満ちているもので、疲弊したり消耗したりすると、じわじわと減っていく。
逆に言えば、オージャスが十分にある状態のときは、体も軽く、
気持ちも前向きで、自分らしくいられます。

「今日はなんだか調子がいい」と感じる日は、オージャスが満ちている日。
「なんとなく重だるい、気力が湧かない」という日は、オージャスが減っている日。
そう考えると、なんとなく腑に落ちませんか。

オージャスが枯渇すると、こうなる

私の場合、枯渇のサインはこんなふうに現れます。

まず、肩のあたりがだんだん重くなる。
気づけば猫背になっている。
口角が下がって、無表情になる。
ため息が増える。

さらに進むと、全身が重くなって頭痛がしてくる。
誰とも話したくない、一人になりたい、と思う。

思い返すと、消耗しきって「かたじけない」と膝をついていたときは、
全部当てはまっていました。

あなたはどうでしょうか。心当たりはありませんか?

肩が重い、口角が下がっている、ため息が多い——
それはサボっているからではなく、オージャスが枯渇しているサインかもしれません。

保育士は、オージャスを消耗しやすい

保育士は感情労働です。

子どもへの関わり、保護者支援、保育の振り返り、書類仕事。
尽くせば尽くすほど、際限がない。
連絡帳や個別記録のために、昼休みはほとんどありません。

それでも「自分がやるべき仕事だ」と背負い込む
キャリアも役職も踏まえて、自分が下ろせば誰かの負担になると思っている。

慣れればできる。自分の要領が悪いだけ。みんなやっている。

そうやって自分を攻めながら、オージャスを削り続けていた。

これは保育士に限った話ではないかもしれません。
頑張ることが当たり前になっている、すべての働く女性に重なる話だと思っています。

「すみません」スタイルをやめたい

私は「できません」と言えません。

消耗しきっている私を見かねて、同僚が助け舟を出してくれる。
ありがたい、という気持ちはもちろんあります。
でも同時に、自分の分の業務もあるだろうに、私の分まで負担させてしまっている。
そのことが、申し訳なくて仕方がない

気づけば、深く深く頭を下げています。

でもこれは、お互いの消耗を深めるだけです。
助けてもらう側も、助ける側も、じわじわとオージャスを削り合っている。

だから本当は、上司に相談できればいいと思っています。
「できません」ではなく「優先順位を一緒に整理させてください」という切り口で。
今抱えている業務を全部書き出して、「これは毎日必須」
「これは週1でいい」「これは私でなくてもいい」と分類する。
そして「このままでは通常保育のパフォーマンスが下がります。どれを優先すべきか判断をいただけますか」と伝える。

頭の中では、そこまで考えられています。

でも実際には、まだ踏み出せていません。
物申すことへの臆病さがある。
自分がどう見られるか、評価が下がらないか、気にしすぎてしまう。

謝るのではなく、相談する。弱さを見せるのではなく、現状を見せる。

そういうふうに変えていきたいと、今は思っています。
まだ「思っている」段階ですが、こうして言葉にしておくことが、
最初の一歩になる気がしています。

いい仕事をするために、オージャスを守る。
消耗しきってから気づくのではなく、夜までオージャスを少し残せる働き方を、
少しずつデザインしていきたいと考えています。

それでも、ぼーっとするのが苦手な私

オージャスを回復させようと、海岸の駐車場に車を止めて10分ぼーっとすることがあります。

波の音を聞きながら、ただそこにいる。
それだけのことなのに、頭の中は夕飯の段取りや明日の仕事でぐるぐるしている。

こんなにきれいなのに。私の頭の中はいつも忙しい。。。

ぼーっとすることが、そもそも苦手なのです。

だから最近、アシュワガンダを飲み始めました。
寝る前に、ホットミルクにカプセルの中身を溶かして飲む。
それだけで、少し体がゆるむ感じがしています。
頭のぐるぐるが、少しおさまる感じがする。

完璧な休息じゃなくていい。ぼーっとできなくてもいい。
自分に合った方法で、少しずつオージャスを取り戻していく。

そういう働き方と生き方を、できることから。少しずつ練習中です。

まとめ

  • オージャスとは、ふつふつと湧くパワーや根拠のない幸福感のこと
  • 肩の重さ、猫背、無表情、ため息はオージャス枯渇のサイン
  • 保育士をはじめ感情労働の仕事は、オージャスを消耗しやすい
  • 「できません」より「優先順位を整理させてください」という切り口で業務改善を
  • ぼーっとできなくてもいい。自分に合った方法でオージャスを取り戻す
  • 夜までオージャスを残せる働き方を、少しずつデザインしていく

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