我慢していた涙を全部出したら、呼吸が深くなりました。
自分の中に余白ができたような感覚。
ずっと力んでいた何かが、ほどけていく感じ。
泣いたことで、こんなに変わるものなのか、と驚きました。
アーユルヴェーダには、「感情の浄化」という考え方があります。
泣くことは弱さではなく、心と体に溜まったものを外に出すデトックスの行為だと。
今日は、その話をしたいと思います。
感情も「消化」できるかどうかが健康を左右する
アーユルヴェーダでは、食べ物だけでなく、感情も「消化」の対象だと考えます。
怒り、悲しみ、孤独感、不安——
こういった感情をきちんと感じて、外に出すことができれば、心は軽くなります。
でも抑え込んで、なかったことにし続けると、消化されないままアーマ(未消化物)として心と体に蓄積していく。
アーマとは、アーユルヴェーダにおける「毒素」のようなものです。
食べ物の消化がうまくいかないと体にアーマが溜まるように、
感情の消化がうまくいかないと心にアーマが溜まります。
これがオージャス(生命エネルギー)を枯渇させ、
体の重さや不調、心の疲弊となって現れてきます。
「なんとなくずっと疲れている」「体は動いているのに心が重い」「些細なことでイライラする」——そういう状態は、感情のアーマが溜まっているサインかもしれません。
泣くことは、感情のデトックス
アーユルヴェーダの浄化療法「パンチャカルマ」では、
体に溜まった毒素を外に出すことで健康を取り戻します。
汗、排泄、鼻からの排出——さまざまな方法で、体の中に蓄積したアーマを外に出していく。
感情においても、同じことが言えます。
泣くことは、抑え込んでいた感情のアーマを外に排出する行為です。
涙とともに、蓄積した感情が体の外に出ていく。
だから泣いたあとは、不思議なくらいすっきりするのです。
呼吸が深くなる。体が緩む。心に余白が生まれる。
これは感情のアーマが排出されて、オージャスが回復し始めたサインです。
泣くことは、弱さではありません。感情のデトックスです。
我慢していた涙が、あふれ出た朝のこと
具体的にどんな状況だったのか、もう少し詳しく書きたいと思います。
その朝は、特別大きな出来事があったわけではありませんでした。むしろ、いつも通りの忙しい朝でした。子どもたちを送り出し、家事を済ませ、仕事に向かう準備をしていた、ただそれだけの時間です。
でも、玄関で靴を履こうとしゃがみ込んだ瞬間、なぜか涙が止まらなくなりました。理由を探そうとしても、これといった決定的な出来事は見当たりません。強いて言えば、「最近ずっと、誰にも弱音を吐いていなかったな」という感覚が、ふいに浮かんできたことでした。
その場にしゃがみ込んだまま、しばらく泣きました。声を出さずに、ただ静かに。涙が枯れたころには、不思議と体が軽くなっていることに気づきました。肩の力が抜け、呼吸が深くなり、頭の中を占めていたぐるぐるした考えが、少し静かになっていたのです。
なぜ感情を溜め込んでしまうのか
頑張っている人ほど、感情を抑え込みがちです。
泣いたら負けな気がする。弱いと思われたくない。忙しくて感情を感じる余裕もない。
母親だから、社会人だから、しっかりしなきゃいけない。
そうやって感情を押し込め続けているうちに、
自分が何を感じているかすらわからなくなっていく。
アーユルヴェーダ的に見ると、これはヴァータの過剰状態とも重なります。
ヴァータが乱れると、思考が止まらず、不安が募り、感情が不安定になりやすい。
感じ取る力が鋭いヴァータ体質の人ほど、感情のアーマを溜め込みやすい傾向があります。
保育士という仕事も、感情を我慢する場面の連続です。子どもの前では常に穏やかでいなければならず、保護者対応では感情を表に出さないことが求められます。プロフェッショナルであろうとするほど、自分の感情を後回しにする癖がついていったのだと思います。仕事で我慢した分を、家庭でも我慢し続けていたら、感情のアーマは溜まる一方だったはずです。
安心できる人の存在が、浄化を助ける
感情のデトックスに大切なのは、「安心できる場所」です。
アーユルヴェーダには「サットヴァ」という概念があります。
純粋さ、穏やかさ、調和を表す性質です。
安心感を与えてくれる人の存在は、周囲のサットヴァを高め、
緊張していた神経をやわらげてくれます。
鎧を脱げる場所があること。
力を抜ける人がいること。
それだけで、溜め込んでいたものが外に出やすくなります。
私自身、夫の肩におでこをあてた瞬間に肩の力が緩み、涙がこぼれました。
どれだけ不機嫌にしていても、切れ散らかしても、
にこにこしていてくれる夫の安定感が、私の鎧をほどいてくれたのだと思います。
何を言われるわけでもなく、ただそこにいてくれるだけで十分だったのだと、後から気づきました。
優しくて大きな人の存在は、それだけで浄化になる。
そう実感した瞬間でした。
そのときの気持ちを、もう少し正直に綴ったものをnoteにも書いています。
感情を我慢することと、我慢強いことは違う
この経験を通して、ひとつ大切な区別に気づきました。
「感情を我慢すること」と「我慢強いこと」は、似ているようで全く別のものです。
我慢強さとは、困難な状況の中でも粘り強く物事に取り組む力のこと。一方、感情を我慢することは、自分の内側で起きていることに蓋をして、なかったことにする行為です。
私はこれまで、この二つを混同していました。感情を押し殺すことが「強さ」の証明だと思い込んでいたのです。でも実際には、感情に蓋をし続けることは、強さとは無関係の、ただの消耗でした。本当の我慢強さとは、感じるべきものをきちんと感じた上で、それでも前に進む力のことなのだと、今は思っています。
感情のデトックスを日常に取り入れる
泣ける場面は、毎日あるわけではありません。
でも、感情のアーマを溜め込まないために、日常でできることがあります。
- 今日感じたことを、日記や言葉にして外に出す
- 信頼できる人に、正直な気持ちを話す
- ひとりになれる時間を意識的に作る
- 深呼吸を意識する(吐く息を長くするだけで、神経が緩む)
- 寝る前に、今日あったことを頭の中で手放すイメージをする
完璧にやらなくていいです。
「今日は感情を溜め込んだな」と気づいたら、一つだけ試してみる。
それだけで、体は少しずつ応えてくれます。
私は落ち込んだ日はノートにジャーナリングをしています。
浮かんだことをそのまま文字起こしして書いていくと、頭の中のグシャグシャが落ち着いてきます。
それから、感情との付き合い方はどう変わったか
この気づきを得てから、数ヶ月が経ちました。
毎日泣いているわけではありませんし、感情を溜め込む癖が完全になくなったわけでもありません。それでも、「今、感じていることを無視していないか」と自分に問いかける回数は確実に増えました。
以前は、悲しいと感じても「こんなことで泣くなんて」と、感情そのものを否定していました。今は、感じたことをまず「そう感じたんだね」と受け止めてから、その先どうするかを考えるようになりました。この順番の違いが、思っていた以上に大きな違いを生んでいます。
泣いたら、優しくなれた
ひとしきり泣くと、自分がこんなに優しくなれるとは思っていなかったくらい、
穏やかな気持ちになっていました。
私は、誰かに認めてほしかったんだと思う。
いつも頑張ってるね、ありがとうね、って言ってほしかったんだと思う。
自分の本当の要求にふと気がついたのです。
それに気づけたことだけでも、あの朝泣いた意味があったのだと感じています。
感情を溜め込みすぎていると感じたら、安心できる人の前でも、一人でも、
思いきり泣いてみてください。
それは弱さではなく、自分を整えるための、大切なデトックスです。
涙活におすすめの本を紹介します。最近、小川糸さんの作品が大好きで読んでいます。
まとめ
- アーユルヴェーダでは感情も「消化」の対象。抑え込むと感情のアーマ(未消化物)が蓄積する
- 感情のアーマはオージャス(生命エネルギー)を枯渇させ、体の重さや心の疲弊につながる
- 泣くことは感情のアーマを外に排出する、心のデトックス
- 泣いたあとに呼吸が深くなり余白が生まれるのは、オージャスが回復し始めたサイン
- 安心できる人の存在がサットヴァを高め、鎧をほどき、浄化を助けてくれる
- 日記・深呼吸・信頼できる人に話すなど、日常の中で感情のデトックスを取り入れることが大切
感情のデトックスと、日々の頑張りすぎ
感情を溜め込みやすい人ほど、日常生活でも頑張りすぎてしまう傾向があると感じています。
私自身、保育士として働く中で、自分のオージャス(生命エネルギー)を消耗し続けていることに気づかないまま、ずっと走り続けていました。感情を溜め込むことと、頑張りすぎて枯渇していくことは、同じ根っこから来ているのだと思います。
子どもへのイライラが止まらなかった時期も、振り返れば感情を溜め込みすぎていたサインだったのかもしれません。
よくある質問
Q. 泣きたくても、なかなか涙が出ません。どうすればいいですか?
私自身、忙しい時期は涙すら出にくくなることがあります。そんな時は、無理に泣こうとせず、まずは深呼吸を意識するだけでも構いません。安心できる音楽や、心が動いた映画を一人で観る時間を作るのも、感情を動かすきっかけになります。
Q. 人前で泣くのが苦手です。一人で泣くのでも効果はありますか?
十分効果はあると思います。私自身、一人でお風呂で泣くことも多いです。大切なのは「誰かに見せること」ではなく、「感情をせき止めずに外に出すこと」だと感じています。
Q. 泣いた後、逆にどっと疲れてしまうことがあります。
感情を大きく動かした後は、体力も使うので、疲れを感じるのは自然なことだと思います。泣いた後は、無理に何かをせず、温かい飲み物を飲んでゆっくり休む時間を作ることをおすすめします。
Q. 子どもの前で泣いてしまうことに、罪悪感があります。
私自身、子どもの前で涙をこぼしてしまったことがあります。最初は「情けない姿を見せてしまった」と落ち込みましたが、後になって、子どもが「ママも人間なんだ」と安心したような表情を見せてくれたことがありました。感情を隠し続ける親より、正直に感情を見せる親の方が、子どもにとって安心できる存在なのかもしれないと、今は感じています。


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