しこたま飲んでしまいました。
職場の飲み会で、楽しくて。
お酒の強い同僚のペースに合わせて。
完全に調子に乗りました。
「白湯を飲んでいれば大丈夫!」
とたかをくくっていたのです。

てっぺんを回って帰宅し、
白湯を飲んで、リビングで撃沈。
3時頃に2階の布団へあがり、
翌朝7時前に起きて息子のテニスの試合の弁当を作り、
土曜出勤へ。
体をだましだまし、白湯でなんとかしのいでいました。
でも昼の給食のあと、中華丼がリバースしそうで——
「アーユルヴェーダの教えは、本物だった。」
身をもって確信した1日をお伝えします。
お酒は好きだけど、翌日が心配な方に。
体の声を無視することの怖さを知りたい方に。
ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
なぜあんなに飲んでしまったのか
職場の飲み会でした。
楽しくて、場が盛り上がって、
お酒の強い同僚のペースに引きずられて——
気がついたら、飲みすぎていました。
「白湯を飲んでいれば大丈夫」という
根拠のない自信がありました。
アーユルヴェーダを学んでから、
白湯の力を体で感じていた私は、
「今夜もなんとかなる」と思っていました。
それが、慢心でした。
※なぜあそこまでタガが外れてしまったのか、心理的な背景については別記事に書いています。
→ 【関連記事】40歳。頑張りすぎた私へ。他人軸をやめて、自分軸で生きるということ
タガが外れた理由とその対処法
てっぺんを回って帰宅——リビングで撃沈した夜
深夜0時を過ぎて帰宅しました。
「白湯でデトックスしよう」と
白湯を飲んで、ソファへ。
気がついたら、リビングで撃沈していました。
3時頃にやっと2階の布団へ上がりましたが、
まともに眠れたとは言えない夜でした。
翌朝7時前に起きて、
息子のテニスの試合のお弁当を作り、
土曜出勤へ。
運悪く、土曜は出勤日でした。
母に車で送ってもらい、
「なんとかなる」と自分に言い聞かせながら
職場へ向かいました。
白湯でだましだまし——それでも午前は乗り切った
職場に着いて、同僚に状況を説明しました。
「昨夜飲みすぎて、正直しんどいです」と。
少人数保育の土曜日、
助けてもらいながら、白湯を飲みながら、
なんとか午前を乗り切りました。
頭は重く、体はだるい。
でも白湯を飲むたびに、
少しずつ体が楽になっていく感覚がありました。
「白湯って本当にすごい」と思いながらもだるさは否めない。
「でもこれは自業自得だ」とも思っていました。
給食が引き金になった——「空腹でないのに食べた」代償
午前を乗り切って、給食の時間が来ました。
お腹は、すいていませんでした。
でも、こう思ったんです。
「遅番まで保育がある。
食べ逃したらお腹が空いて、仕事にならないかもしれない。
今のうちに食べておかなければ。」
プレッシャーからくる判断でした。
その日の給食は、中華丼でした。
食べ終えた直後——
たちまち具合が悪くなりました。
リバースしそうで、頭が痛くて、吐き気が止まらない。
白湯でなんとかデトックスしようとしていた体が、
消化しきれない食事を押し込まれて、
悲鳴をあげていました。
アーユルヴェーダが「空腹でないのに食べてはいけない」と言う理由
アーユルヴェーダでは、
「空腹でないときに食べることはご法度」とされています。
その理由は明確です。
体はアルコールの浄化に徹していた
アルコールを大量に飲んだ翌日、
体は全力でアルコールの解毒と浄化に取り組んでいます。
アーユルヴェーダでは、
この状態のときに食事をすることは、
「浄化の邪魔をすること」と捉えます。
体が「今は解毒に集中したい」というサインを出しているのに、
消化というもうひとつの仕事を押しつけてしまった。
「お腹がすいていない」という感覚は、
体からの正直なメッセージでした。
それを無視したことが、
給食後の体の悲鳴につながりました。
未消化物(アーマ)が一気に増える
アーユルヴェーダでは、
消化力(アグニ)が弱っているときに食べると、
食べたものが消化されずにアーマ(未消化物・毒素)になりやすいとされています。
二日酔いの状態は、
アグニがもっとも弱まっているタイミングのひとつです。
そこに中華丼という消化に時間がかかる食事を入れてしまった。
体が限界を超えたのは、当然のことでした。
「プレッシャーからの食事」も体に負担をかける
アーユルヴェーダでは、
食べるときの心の状態も消化に影響すると考えます。
「食べないと仕事にならない」という不安やプレッシャーの中で食べることは、
自律神経を乱し、消化力をさらに低下させます。
本当の空腹ではなく、
「プレッシャーから食べなければという強迫感」で食べた食事は、
体にとって二重の負担になっていたんだと思います。
昼休みに横にならせてもらった——それでも吐き気は止まらない
給食後、同僚にお願いして昼休みに横にならせてもらいました。
1時間では回復できず、
年休をもう1時間追加して、休憩を延ばしてもらいました。
それでも吐き気はおさまらない。
白湯も飲めない状態で、ただ耐えるしかありませんでした。
子どもたちは泣くし、声は大きいし、頭に響く。
「帰りたい」と思っても、
土曜日は保育を回せる人がいない。
そもそも朝から車を運転できない状態で、
母に送ってもらって出勤しています。
遅番の同僚に帰りの車も頼んでいる有様でした。
「本当に不甲斐ない。」
自分に呆れながら、それでも時間が過ぎるのを待ちました。
身をもって確信した——アーユルヴェーダの教えは本物だった
この1日で、いくつかのことを体で学びました。
「白湯を飲んでいれば大丈夫」は過信だった
白湯には確かにデトックスの力があります。
でも、それは「大量飲酒を帳消しにする魔法」ではありません。
体のキャパシティを超えた飲酒をした後、
白湯でできることには限界があります。
「白湯があるから大丈夫」という慢心が、
この日の失敗の出発点でした。
体の声を無視した代償は大きい
「お腹がすいていない」というサインを無視して食べた給食。
「体が今は食事を受けつけていない」という声を、
プレッシャーで押しつぶした結果が、
給食後の体の悲鳴でした。
アーユルヴェーダは言います。
「空腹でないときは食べてはいけない。
体が消化を求めていないときに食事をすることは、
体の浄化の邪魔をすることです。」
頭でわかっていたことが、
この日、体で完全に腑に落ちました。
お酒と付き合うなら、翌日を設計する
飲み会は楽しい。
人との時間は、心の栄養です。
でもヴァータ体質の私には、
「飲んだ翌日をどう過ごすか」を
あらかじめ設計しておく必要があります。
翌日に仕事や大切な用事がある日は、
飲みすぎないこと。
どうしても飲んだ翌日は、
体が空腹のサインを出すまで食事をしないこと。
白湯でゆっくりデトックスする時間を確保すること。
この3つを、この日の体が教えてくれました。
不甲斐ない1日が、最高の学びになった
本当に不甲斐ない1日でした。
同僚に助けてもらい、
母に車で送り迎えしてもらい、
子どもたちの前でまともに動けない自分がいて。
でも同時に、
アーユルヴェーダの教えがここまで正確に体に現れるのかと、
驚きと確信を持った1日でもありました。
「空腹でないのに食べてはいけない。」
「体が浄化に徹しているときは、邪魔をしない。」
「白湯は万能薬ではなく、体を助けるもの。」
失敗しなければ、ここまで深くはわからなかったことです。
完璧にできなくていい。
でも、失敗から学んで、次に活かす。
それがアーユルヴェーダと向き合い続ける、
私なりの方法だと思っています。
お酒と睡眠の質についてはこちらもどうぞ。
→ 【関連記事】楽しい飲み会の夜ほど眠れない理由|ヴァータ体質と睡眠乱れの対処法
この記事のまとめ
- 飲み会でしこたま飲み、翌朝は土曜出勤という最悪のタイミングだった
- 白湯でなんとかしのいでいたが、空腹でないのに給食を食べたことで体が悲鳴をあげた
- アーユルヴェーダ的に、体がアルコール浄化に徹しているときに食事をすることは「邪魔をすること」
- 「プレッシャーからの食事」も自律神経を乱し、消化力をさらに下げる
- 「白湯があれば大丈夫」という慢心が失敗の出発点だった
- 飲んだ翌日は体が空腹のサインを出すまで食事をしない、が正解
- 不甲斐ない1日が、アーユルヴェーダの教えを体で確かめる最高の学びになった
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ぴこた【一週間で実感できる体調変化】
保育士・3児のママ。スリランカで14日間のパンチャカルマを体験したヴァータ体質の私が、
30〜50代の働く女性に向けて体質改善の実践を発信しています。



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