【スリランカ】パンチャカルマ体験記①|気合と根性で39年生きてきた私が、パンチャカルマを受けるまで

パンチャカルマ体験記

「頑張らなければ、意味がない」

いつの間にか、私はそんな考え方を当たり前のように持っていました。
多少つらくても、無理をしてでも、動けているうちは大丈夫。
そうやって、体の声を聞かずに生きてきたのだと思います。

けれど、体が重く、心まで疲れていることに気づいたとき、
これまでのやり方そのものを、見直す必要があるのではないかと感じました。

この記事では、
私がパンチャカルマを受けようと思った理由と、
当時の体と心の状態について、正直に書いていこうと思います。同じように、
「無理はできるけれど、楽ではない」
そんな状態にいる方の参考になれば幸いです。

「気合と根性」が染みついた39年

タイトルにも書いた通り、私は39年間、ずっと気合と根性で生きてきました。

振り返ると、「弱音を吐かない」「頑張っていることを見せる」ことが、
私にとっての当たり前でした。多少体調が悪くても、
「動けるうちは大丈夫」と自分に言い聞かせ、休むことに罪悪感すら感じていたのです。

保育士という仕事は、体力も気力も使います。
それでも「休みたい」と言えず、頭痛薬を飲んで出勤する日が続きました。
家に帰れば、母として、妻として、やることは山積みです。
自分のための時間は、いつも一番最後に回されていました。

そうやって積み重ねてきた無理が、
偏頭痛や便秘、不眠という形で、少しずつ体に表れていたのだと思います。
それでも、「これが普通」だと思い込んでいたので、
不調そのものよりも、「不調があるのに動けている自分」の方に、
どこか誇らしさすら感じていた時期もありました。

当時の体の状態

当時の私は、生理のたびに偏頭痛が起きていました。
痛みが強く、仕事にならない日も少なくありませんでした。

保育士という仕事柄、
子どもの声や激しい動きに対応することが求められます。
けれど、その刺激に体がついていかず、
職場で頭痛のために目が回り、吐き気もして・・・
上司が車を代行して自宅まで送ってくれたことも一度や二度ではありません。

今でもよく覚えている日があります。
朝の受け入れの時間、子どもたちの泣き声と保護者への連絡が重なって、
頭の奥がぎゅっと締めつけられるような痛みが走りました。
こめかみのあたりから後頭部にかけて、じわじわと締め付けられる、
あの独特の痛み方は、今でもはっきりと思い出せます。
視界の端がチカチカして、立っているのもやっとの状態。
それでも「休みたい」と言い出せず、給食の時間まで持ちこたえようとした結果、
とうとう職員室の椅子に座り込んでしまいました。

同僚が「大丈夫?顔色悪いよ」と声をかけてくれたとき、
初めて自分でも「あ、これはもう限界だったんだ」と気づいたくらい、
自分の不調に鈍感になっていました。
上司が車で送ってくれる道中、情けなさと申し訳なさで、
ずっと下を向いていたのを覚えています。

便秘も慢性化していました。
アーユルヴェーダで、便秘と偏頭痛がつながっていることを知っていたため、
生理前には下剤を飲んで無理に排泄を促していました。

お腹の張りや苦しさの感覚も、
もはやよく分からなくなっていたのだと思います。
不調が、日常の一部になってしまっていました。

また、不眠もありました。
3年前、適応障害になったことをきっかけに睡眠薬を飲み始め、
今でも服薬を続けています。
薬を飲んでいても、夜中の2時か3時に目が覚めてしまう状態が毎日続いていました。

目が覚めた後、
また眠ろうと目を閉じても、頭の中では翌日の保育のことや、
子どもたちのこと、家計のことがぐるぐると回り始めます。
結局スマホを手に取り、気づけば1時間経っていた、ということも珍しくありませんでした。
朝、アラームが鳴る前から「今日も眠れなかった」という疲労感を抱えたまま、
一日が始まる。そんな毎日でした。

3年前の適応障害は、今思えば、体が出していた最初の大きな警告だったのだと思います。
当時は、仕事と育児の両立に追われ、自分の限界に気づかないまま走り続けていました。
ある朝、突然涙が止まらなくなり、体が鉛のように動かなくなったことで、
初めて心療内科を受診しました。
そこから睡眠薬の服用が始まり、少しずつ日常を取り戻していきましたが、
「根本的に何かが変わった」という感覚は、正直ありませんでした。
薬で症状を抑えながら、以前と同じペースで働き続けていたのだと思います。

なぜパンチャカルマに惹かれたのか

パンチャカルマを知ったきっかけは、youtubeです。
アーユルベーダ実践家のMOTOKOさんが語る「究極の浄化療法」という言葉が印象的でした。

自分の体に毒素がないはずがない。
体重が軽い割には体が重いことを自覚していました。

パンチャカルマは本来の自分に戻れるという考え方に、強く惹かれました。

私はずっと、
「明るい」「元気」
そんなセルフイメージを持って生きてきました。

けれど、大人になり、上京してから、
どこか体に違和感を抱えるようになっていたのです。
その違和感を、きちんと見つめ直したいと思いました。

動画を見終わったあと、しばらく画面を見つめたまま動けませんでした。
「本来の自分に戻る」という言葉が、
ずっと探していた答えのように感じられたからです。

パンチャカルマについて調べ始めると、
本場はインドだという情報がたくさん出てきました。
インドの病院で本格的な治療として受ける方法もあれば、
スリランカのリトリート施設でリラックスしながら受ける方法もある。
どちらにするか、しばらく迷いました。

インドでの本格的な治療にも惹かれましたが、
初めての単身海外で、しかも子どもを3人置いていくという状況を考えると、
まずは比較的治安が安定していて、日本語対応もあるスリランカから
挑戦してみようと決めました。この判断が正しかったのかどうかは、
実際に現地に着いてからも、何度か自問することになります。

それから、関連する本を何冊も読み漁りました。
アーユルヴェーダの入門書から、実際にパンチャカルマを受けた人の体験記まで。
読めば読むほど、「これは一度きちんと体験してみないとわからない」という思いが強くなっていきました。

保育士として働きながら、3人の子どもを育てる母として、
2週間家を空けるという決断は、正直簡単ではありませんでした。
夫に相談したとき、最初は驚かれましたが、
「そこまで熱い思いがあるなら、行っておいで」と背中を押してもらえたことが、
最終的に一歩を踏み出す決め手になりました。

正直な不安

パンチャカルマという施術を調べたときは、正直、驚きました。

嘔吐法、下痢法、浣腸、鼻からオイルを入れる施術、
さらにはヒルに血を吸わせる方法もあります。

それでも、不思議と強い不安はありませんでした。
普段から下剤や浣腸で排泄を促すこともあったため、
「きっとできる」と感じていたのだと思います。

嘔吐法だけは、正直やりたくないなと思いましたし、
鼻から入れたオイルを口から出すことがうまくできるか、
そんな不安はありました。

けれど、「怖い」という感情は、ほとんどありませんでした。
むしろ、これは今の自分に必要なことだと、
どこかで感じていたのだと思います。

不安があったとすれば、施術そのものより、
「一人で海外に行くこと」の方でした。
英語にそこまで自信があるわけではなく、
現地で何かトラブルがあったらどうしよう、という漠然とした心配はありました。
それでも、日本語対応のスタッフがいる施設を選んだことで、
その不安は出発前にはだいぶ小さくなっていました。

出発までの準備と、家族との時間

決断してから出発までは、あっという間でした。
職場には数ヶ月前から休暇の相談をし、人の配置をお願いしました。
子どもたちには「ママは最強になるためにスリランカ行ってくるね」とだけ伝えました。

一番下の子は「お土産買ってきてね」とあっけらかんとしていましたが、
上の子は「2週間もいないの?」と少し不安そうな顔をしていました。
「スリランカなんて危なくないの?大丈夫?」と言われたこともあります。

大丈夫かどうかなんてわからないけど、行きたい!

私がこのまま無理を重ねて倒れてしまう方が、
きっと家族にとっても良くない。
そう自分に言い聞かせながら、スーツケースに荷物を詰めていきました。

出発前夜、子どもたちが寝静まった後、
リビングで一人、パンチャカルマについて書かれた本を読み返していました。
「ようやく自分のために時間を使える」という高揚感をはっきり覚えています。


今振り返って思うこと

パンチャカルマは、
勇気を出して時間とお金を使う価値のある体験だったと感じています。

それは、
自分がこれまでマインドだけで生きてきて、
体をおろそかにしていたことに気がついたからです。

私は、「考えている私」こそが自分のすべてだと思っていました。
けれど、それは違いました。頭でどれだけ「大丈夫」と思い込んでも、
体はずっと正直にサインを出し続けていたのです。

マインドと、身体と、魂。
その三つが一体となって、ひとりの人間として存在していたという事実。

言葉にするのは難しいのですが、
体と心のバランスが崩れていたことに気づき、
日々の不調は、自分自身が引き起こしていたのだと理解できたのです。

自分が原因なら、自分で改善できる。
そう思えたことは、私にとって大きな一歩でした。

出発前の私は、「パンチャカルマを受ければ、頭痛も便秘も不眠も、
きれいさっぱり治るはずだ」と、どこかで期待していました。
実際には、そんな単純な話ではありませんでした。
けれど、体と向き合う2週間を過ごしたことで、
「治す」ことよりも「気づく」ことの方がずっと大切なのだと、
帰国してから何度も実感することになります。
その詳しい変化については、この後の記事で書いていきます。


これから書いていくこと

今後は、
パンチャカルマの具体的な流れや、
施術中・施術後に体と心に起きた変化、
そして帰国後の生活がどう変わったのかについても、
できるだけ正直に、少しずつ記録していこうと思います。

同じように悩んでいる方が、
「自分だけじゃない」と感じられるような、
そんな体験記になれば嬉しいです。誰かにとっての小さなきっかけになれば、
これほど嬉しいことはありません。

よくある質問

Q. パンチャカルマは、特別な人だけが受けられるものですか?

いいえ、そんなことはありません。私自身、田舎に住む、ごく普通の保育士です。
特別な資格も、強靭な体力も必要ありません。
必要だったのは、「今の自分を見直したい」という気持ちと、休暇の調整、それだけでした。

Q. 子どもがいても、2週間家を空けることはできますか?

私の場合、夫の協力と、実家のサポートがあって実現できました。
正直、後ろめたさがまったくなかったと言えば嘘になります。
それでも、自分が倒れてしまう前に一度立ち止まることは、
結果的に家族にとってもプラスになると今は感じています。
母が笑顔でいられることも、家族の健やかさの一部だと、今は思えるようになりました。

Q. パンチャカルマを受けるのに、怖さはありませんでしたか?

施術内容そのものへの恐怖より、「一人で海外に行くこと」への不安の方が大きかったです。
下剤や浣腸などの施術は、普段の自分の不調のケアに近い感覚があったため、
想像していたよりも身構えずに臨むことができました。

Q. なぜ日本の病院や整体ではなく、海外のパンチャカルマを選んだのですか?

日本でも、鍼灸や整体、漢方などを試したことはありました。
一時的には楽になるものの、根本から変わった感覚は得られませんでした。
アーユルヴェーダの「体質に合わせて生活そのものを整える」という考え方に触れたとき、
これまで対症療法しか試してこなかったことに気づき、
一度、本場に近い環境でまとまった時間をかけて向き合ってみたいと思ったのが、
海外での施術を選んだ理由です。

※この記事は、パンチャカルマ体験記シリーズの1本目です。
実際の施術の流れや、費用・準備については、以下の記事で詳しくまとめています。

※本記事は個人の体験に基づく内容です。体調の変化には個人差があります。頭痛や便秘、不眠などの症状が続く場合は、自己判断せず医師にご相談ください。

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